ドンドロ浜商店繁盛記7/小坂ひとみ

 このウェブマガジンの立ち上げ人である平野公子さんから電話がかかってきた。

 「夏にドンドロ浜商店でパトリック・ツァイの写真展をやらない?」

 公子さんからのパスはいつも突然とんでくる。展覧会は小豆島で撮影されたパトリックの最新写真集の刊行に合わせて、すでに小豆島の草壁と坂手での開催が決まっていて、豊島はサテライト会場となるそうだ。

 お店はかなり小さな間取りなので写真展をする想像がなかなかできなかったのだが、まずはパトリック本人が下見に来るということだった。

 パトリック・ツァイのことは、じつは随分前から知っていた。私がまだ学生だった頃だから、7~8年前になるだろうか。当時美術大学で写真を専攻していた私は、BCCKsという電子書籍を無料で公開したり販売したりしているウェブサービス上で、彼の代表作である『My Little Dead Dick』に出会った。

 恋人と旅をしながら撮影された写真に、20代前半の私はとても衝撃を受けた。直視できないような彼女との親密なシーンや街の混沌とした風景が、疾走感をともないながら眩しく愛おしく写し出されている。まいった。すごくいい写真だ…。うだつの上がらない平凡学生をやっていたので、羨望のまなざしで彼の作品を見ていた。

 そのパトリックが小豆島に住んでいるということは知っていたのだが、まさかちっぽけな自分の店で写真展をするかもしれないとは。なんだか不思議な気持ちだった。

 下見の当日。開店直後の9時すぎにパトリック(以下パト)と「その船にのって」の代表の小坂さんがドンドロ浜に現れた。頭がビショぬれペッタンコなのと、すごくでっかいの。人懐っこくて力の抜けた風貌の2人に緊張が一気にとけた。パトは店に来る前に海を見たら我慢できなくなって、他にだれもいない甲生の海でひと泳ぎしてきたそうだ。それでビショぬれ。まだ5月だったけど。(詳しくは、パトリック・ツァイの日記をどうぞ。)

 どうやら下見の感触も悪くなさそうだ。すぐに展示プランを相談しだした2人を横目に、急に現実味を帯びてきた展示へのワクワクを感じながら、お昼に向けての準備を進めた。

 2016年7月23日、パトリック・ツァイ写真展「潜水球 Barnacle Island」がスタートした。数日前に店の海側の壁面に設営された大きな写真パネルには、女の子がウニを手にした写真が掲げられている。海の上からでもよく見える大きさだ。

 完成した写真集には一見なんの変哲もない島の風景が、時間の流れに沿って日記のように収められている。島に引っ越してきたばかりの頃に運命的に出会った捨て犬のトイプードルも、彼をとりまく島の暮らしの中に自然と溶け込んでいるようだった。空気のように意識しづらく普段はとりとめなく流れていく日常が、パトリックのカメラを通すとあたたかい光に満ちているということを思い出させてくれる。

 わたしとアイちゃんは今年の夏、豊島や小豆島でいったい何度パトと海で泳いだだろうか。まるで昔から友達だったみたいにすんなり打ち解けて、展示がはじまって早々に写真が剥がれはじめた屋外パネルの補修や買い出しのついでという口実で、とにかく泳いだ。スパルタスイミングコーチと化したパトにしごかれ、気がつけばわたしもアイちゃんも、恐怖心すらあった海の中で前転や逆立ちや飛び込みまで出来るようになっていた。なにより夏の海がすごく好きになった。

 遠いステージの上でスポットライトを浴びているように思えた写真家と、実際に出会ってみたら写真の話なんてろくにしなかったけれど、島の生活をもっと楽しむヒントをたくさんもらえた夏だった。

絵:パトリック・ツァイ






小坂ひとみ
1986年生まれ。2012年に東京から瀬戸内海の豊島に移住。
現在は小豆島在住。夫と猫とともに暮らしている。

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