ドンドロ浜商店繁盛記4/小坂ひとみ
2015年12月、私と同居人のあいちゃんは再び引っ越しと家の改修に追われていた。
「いつになったら落ち着けるの…」
終わりの見えない作業に途方に暮れながら、またひとつ荷物を運び出した。
遡ること4ヶ月。2015年8月のことだった。
今まで借りられる見込みがないと聞いていた家が、大家さんの気が変わって、人に貸してもいいと言っているとの情報が入ってきた。その家も甲生地区にあった。
ドンドロ浜での生活は狭いながらも快適で、さすがに寮でもないのに6畳の畳部屋ひとつをシェアするのは耐えられないんじゃないのか…?と思っていたけれど、私もあいちゃんもその辺の感覚が麻痺しているタイプだったようだ。問題なく姉妹のように仲良く暮らしていた。拾い猫のミーコもすでにドンドロ浜の家に慣れてくれていた。ただ、豊島では家を借りたいと思っても、いつでもすぐに借りられるわけではない。遠くからはるばる船に乗って訪ねて来てくれる友人たちが泊まれる部屋があったらいいな。とか、具体的なことはまだ何もないけれど、自分たちで何らかの場をはじめることができるかも。なんてことが頭に思い浮かんでいた。それはまだかすかに感じとれるくらいの予感でしかなかったけれど、もう1軒家を借りるということが、豊島での暮らしをもっと面白いほうへ導いてくれる気がしていた。
もう1軒の家は、O邸という。ちょっと戸惑うほどに部屋が多く、母屋に7部屋、離れに2部屋、キッチンとトイレは、なんと2つずつあった。家賃は月2万円。ドンドロ浜の家と合わせると月に3万円になる。時給の安いアルバイトの私たちには少しだけフンパツ気味の金額である。だから余計、せっかく借りるならドンドロ浜でお店をやってみようという気持ちが固まっていった。
ドンドロ浜の家をお店にする。
そう決めてからは、めまぐるしい毎日だった。
まず大変だったのは、O邸の掃除。モノがむちゃくちゃ多かった。そんな大げさな…って感じなのですが、2015年9月に大家さんが県外から掃除に来た際に捨てたモノの量は、軽トラ山盛り7杯分。そのあと2016年に入って追加で軽トラ4杯分のモノを捨てた。それでもまだO邸は空っぽにはほど遠いのだから、空き家というには多すぎる物量だった。
けれどそのモノの多さに助けられたところもある。食器、調理器具、収納棚、タオル…、必要な備品の多くはO邸で眠っていた、もしくは捨てられそうになっていたモノばかりだ。すべてを新しく買いそろえていたら、一瞬で貯金は底をついていたはず。
どんなお店にするのかということは、いつまでたってもフワフワと掴みどころなく曖昧だった(今でもそうかもしれない…)。
甲生の地区には夕方1時間だけ開く商店が一軒と、その商店の前に自販機が1台あるだけで、ちょっと飲み物でも飲んでひと休みということができない。休憩所みたいになったらいいね、ということだけは改装前のこの頃から話していたので、飲食店営業の許可をとっておくことにした。
それに加えて内装・外装の気になる箇所は極力お金をかけない方法で改修するように動き出した。
一部が傷んで抜けそうになっている廊下の床は、あいちゃんの友人で得意な人がいたので、お願いして張りなおしてもらうことにした。食欲を減退させてしまいそうな古い砂壁は漆喰を自分たちで塗る。ペンキが剥げおちたピンク色の外壁もどうにかしなければ。他にもやるべきことがアレコレ取っ散らかっていた。
日中はふたりとも仕事をしていたので、帰宅してからドンドロ浜の家の私物を車でO邸に移動させていくことから進めていった。
「漆喰がもらえそうだよ~!」
そろそろ漆喰塗りに取りかからねばと思っていた矢先、あいちゃんが朗報を運んできた。もうすぐ豊島を離れるT夫妻が、使い切れなかった漆喰を譲ってくれるというのだ。なんという棚からぼた餅!破棄される寸前だった漆喰は、すでに水と練られているタイプのもので、漆喰初心者の私たちには有り難い。24キロの段ボール箱が6箱と、脚立や養生のためのマスキングテープなどもある。これでいつでも作業が始められる。
まずは砂壁のアクがにじみ出てくるのを予防するための下地を塗らなければならない。アクドメールという下地材が手っ取り早いのだけれど、友人がおすすめしていたコンニャク芋を塗ってみた。2~3日おいて壁がよく乾燥したら下地は完了。ようやく漆喰の出番となる。
いざ、素人左官。
大きな段ボール箱を開けると、白い粘土のような漆喰が水分とやや分離した状態でビニールに包まれていた。これを塗りやすい固さになるまで練りなおしていく。T夫妻からもらった撹拌用の大きなバケツに漆喰を移し替え、長い木の棒で混ぜる。お?かなりネットリしていて力がいるぞ…。両手で棒をしっかり握りしめて、混ぜて、混ぜて、混ぜまくる。冬だというのに汗ばんだ。
何度も交代しながら棒を動かし続けていくと、ようやく漆喰が滑らかになってきた。
数人の友人や島のおじさんが手伝いに来てくれたのでコテと板を渡し、各々担当の壁を塗りはじめた。
6畳の和室と縁側、廊下を塗るのにかかった時間は、たしか1週間ほど。
きれいに塗るのはやっぱり難しくデコボコになってしまったけれど、部屋の中がとても明るくなったように感じられて嬉しい。
東京から快く豊島まで来てくれたKさんは、はじめての豊島だというのに観光は何ひとつせず、みるみるいろんな仕事をしていってくれた。
3日間の短い滞在の中で廊下の床を張りなおし、お店っぽさが格段にあがるカウンターを出現させ、玄関に備え付けの棚を取り付けてくれ(透かしで「ど」の文字も入っている!)、外用のベンチや作業台まで作ってくれた。
材料はおなじみのダイキで購入したものに加えて、小豆島の友人に協力してもらって造船所でいらなくなった廃材なども譲ってもらってきていた。ベンチやカウンターのポイントになる箇所にはその廃材を使っている。
そうするしかなかったというのもあるけれど、なるべくお金をかけない方法で改修するようにしてみたら、工夫や視点を変えて考えることで乗り越えられることの多さに目からウロコだった。
そして、誰かに手助けしてもらわなければ出来なかったことばかりで、今これを書いていて感謝の気持ちが再び湧き上がっているところです。
小坂ひとみ
1986年生まれ。2012年に東京から瀬戸内海の豊島に移住。
現在は小豆島在住。夫と猫とともに暮らしている。
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