ドンドロ浜商店繁盛記3/小坂ひとみ
港のない甲生地区に引っ越すことになってから、迷った末に車を購入することにした。東京で暮らしていたときには車の必要性をまったく感じていなかったので、マイカーを持つだなんて考えたこともなかった。ちなみにそれまでの島内の移動手段は電動自転車か超オンボロスクーター。どちらも豊島のようなコンパクトなサイズの島を動くにはとても合っていたし、海の見える道路を風を受けながら走っていて爽快で、そんな通勤スタイルもなかなか良かったかもしれない。当時働いていた小豆島の土庄港に近い方の港である唐櫃港までの所要時間は、自転車だと25分、原付だと15分程度。通勤時間も十分許容範囲内ではあったのだが…。
心配なのはイノシシのことだった。わたしが豊島に来た2012年頃は、イノシシの話題が登場することなんてほぼ皆無だったが、今では「昨日の晩に遭遇した」だの、「畑をわやにされた(方言でめちゃくちゃにされたということ)」だの、けっこうな頻度でイノシシの話を友人や島の人たちとしている。それくらいここ数年で爆発的に増えた。
まだ自転車やバイクで移動していたころ、何回か夜にイノシシと遭遇したことがある。むきだしの体で対面する野生のイノシシは、ものすごく恐ろしかった。向こうも突然出没した私の存在に驚いて怖がっていて、どうやら攻撃する様子はなかったけれど、なにしろ野生動物。何考えてるか分からないし、体がめちゃくちゃ頑丈そうだし、やっぱりこわい!そんな恐怖体験に加え、ぶつかって車ですら大破したなんて話も聞いていたので、バイクや自転車で夜道を走る気が失せてしまった。
イノシシに背中を押され(?)車の手配にとりかかった。島外の車屋で買って船に乗せて持ち込むという方法もあるが、お金はあまりないし運転するのも豊島島内ぐらいだろうから、できるだけ安く手に入れようと相談したのが、ガソリンスタンド。豊島にはガソリンスタンドが2つあって、そのどちらも車のレンタルも行っている。レンタルで使っていた車の車検が切れるタイミングで放出される車を安く譲ってもらえることがあるのだ。
わたしがスタンドを訪ねて行ったとき、ちょうど2~3台の車が車検終了間際で新しい車との入れ替えを待っていた。乗れれば見た目は何でもいいと思っていたけれど、一目で気に入る車があった。紺色の軽バン。1991年式で、見慣れない形のエンブレムはマツダの系列のAUTOZAMのもの。野暮ったいところが、いい。
車検から戻って2月22日に納品された車のナンバーは偶然にも「222」だった。わたしの初めての愛車だ。支払った金額は2年間の車検付きで16万円だった。結局のところ安い買い物だったのかどうかはよく分からないし、もはや調べるつもりもない。
豊島で車を持って運転するようになったらクネクネ道や細い路地の運転がとても上達した。ただし免許をとったばかりで豊島に来てしまったので、いまだに信号のある道は苦手です。
毎日の通勤の道は美しかった。溜め池、オリーブ園、みかん畑。景色が開けて見える箇所からは高松の街や、ひょっこりひょうたん島みたいな島々の集合と行き交う船が見える。
2015年の6月中ごろ、仕事帰りの道の途中に、黄色い丸っこいモノが落ちていた。みかんかな?と思いながら車を走らせ近づいていくと、うずくまる子猫だった。車の通りは多くないとはいえ道の真ん中。轢かれないか心配になって様子を見に行く。
子猫の目には黄色いねっとりとした目ヤニが固くこびりついていて、両目ともふさがっていた。人の気配を感じると、思ったよりも力強い声で鳴き出して、右往左往しているうちにどんどんこの子猫を飼うべきだという気がしてきて焦りだす。猫を飼っている友人に電話して状況を伝え、子猫の健康状態を聞いてみると「目ヤニはよくあることだけど衰弱してるかもしれないから、放っておいたら明日の朝には冷たくなってるかもね…」なんて言うものだから、もう観念して連れて帰ることにした。たまたま家に来ていたてしまのまどのアキリカさんが、子猫の体におぞましいほど付いていたノミを洗ってくれた。
名前はミーコ。近所の漁師のおじさんが名付けた。
ドンドロ浜商店の開店準備をはじめる12月まで、この浜辺の家でミーコも一緒に暮らした。
小坂ひとみ
1986年生まれ。2012年に東京から瀬戸内海の豊島に移住。
現在は小豆島在住。夫と猫とともに暮らしている。
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