誰も信じてくれないこと/小坂逸雄

朝、事務所の玄関でカブトムシが仰向けになってジタバタしていた。何かを掴もうとしてもがいていたけど、こいつの周りにはなにもない。不憫に思って指でポイっと体勢を直してあげると突然の救出劇に、何が起きたんだ?といった表情でキョトンとして、今度はまったく動かなくなった。疲れているだろうと思って事務所にあったガムシロップをあげることにした。手頃なお皿がなかったので段ボールの上にシロップを垂らす。シロップに気が付き上半身をシロップ漬けにしながらチュルチュルと啜るその姿を見ていたら、ふとある出来事を思い出した。

あれはボクが小学校の低学年生だったと思う。とある夏、当時住んでいたマンションに蝉の絶叫が響き渡った。絶叫が発せられていたのは廊下に置いてあった虫かごからで、中にはぎっしり蝉が詰めこまれていた。絶叫はそこに閉じ込められていた、ある一匹の悲鳴で、そいつは虫かごの蓋あたりをジリジリと動き回って出口を探しているように見えた。「なるほど、ここから脱出したいんだな」と察したボクは虫かご(知らない人のものだった)の蓋を開けて手を突っ込み、ただ一匹だけわめいているその蝉だけを慎重にを捕り出し外へと逃がしてやった。蝉はオタオタと羽ばたいて飛び去っていったのだけど、数メートル先でホバリング(空中停止)をしてこちらへと振り返った。そして驚くべきことに、バタバタと羽ばたきながらボクに向かってお辞儀をし、そしてまた向き直って去っていったのだった。どう考えてもお辞儀にしか見えなかった。ボクは度肝を抜かれて飛び去っていく蝉と、蝉がお辞儀をした空間を交互に見つめながら、その感動と興奮をどうにかしようとした。

さて、カブトムシである。二時間くらい経ってから様子を見に行くと、その姿はなくなっていた。シロップは中途半端に残され、そこには感謝の痕跡は何一つなかった。別に昆虫に感謝を求めるつもりはないけど、そんな蝉との経験もあったので、何か今後カブトムシからの恩返しかメッセージを受け取ることになるんじゃないかと期待をしている。別にそんなことが無くても構わないんだけど。これらのエピソードとは関係ないけど、今日は油性マジックペンくらいの大きさと太さのナメクジも目撃したし、なんというか、小豆島もなかなか自然豊かだよファーブルさん!って感じです。

梅雨に入ったらしい香川県ですが、間もなく本気の夏がはじまります。とまぁ、そんなご報告を島の虫たちと共にお伝えしました。




小坂逸雄
東京出身、小豆島在住。
2020年4月現在、高松にて養蜂の修行中。

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