ドンドロ浜商店繁盛記6/小坂ひとみ

 おにぎりを出す店として甲生の浜辺でドンドロ浜商店をスタートさせてはみたものの、3月も4月も5月も、なんと一年で一番混むと言われているゴールデンウィークですらも、それほど人は来なかった。行列ができたらどうしようかと随分心配してシュミレーションまでしていた2月の自分に「心配ご無用」と教えてあげたい。そっと。

 そんな中やってきたのが「てしま初夏のパン祭り」だった。2014年の春から全5回に渡り開催されたイベントで、発起人は家浦地区の『てしまのまど』というスペースを主宰するアキさん。島内の飲食店や商店を巻き込んで、10日間の会期中には各店舗でパンのスペシャルメニューがあったり、島外のパン屋さんのゲスト販売あり、ワークショップありの、まさにパンのお祭りだった。

 2014年にドンドロ浜商店はまだなかったのだが、私はパン祭り実行委員会の中で準備や運営に関わっていたので、ゼロから立ち上げるイベントのおもしろさと大変さを味わっていた。

 なんせパン祭りには当初予算がまったくなく、オリジナルグッズを制作販売することで経費を捻出していた。2年半の間にトートバッグやてぬぐいなどのグッズをマンパワーフル稼働でとにかく価格を抑え込んで制作。第1回目のパン祭り開催当時は、私以外の島内在住メンバー全員がひとりで店を営む女性店主ばかりだった。日々の仕込みなどもこなしながら会期中の特別メニューを考えたり、夜なべのシルクスクリーン印刷の作業にも参加していただなんて、頭が下がりますホント。今ならよりそのタフさがよく分かる。

 普段はそれぞれの店を営む人々がパッと集結して仕事をしたり、必要以上に干渉したり馴れ合ったりせず自立した状態でイベントを成り立たせている、というのが清々しくて好きだった。そして、このイベントの出発点は「おいしいパンが食べたい」というところにあったので、無類のパン好き人間の私も当然島の中で選べるパンの種類の偏りには物足りなさを感じていて、普段はなかなかお目にかかりづらいパン(とくにハード系のパンに飢える)の登場に、毎回期待で胸をふくらませていた。

 そんなパン祭りの最終回にしてようやく、店を営む立場となって参加できることがうれしかった。私もアイちゃんもパンなんてほぼ焼いたことがないけれど焼いてみることにした。頑張って焼いたところで、はたして人は来るのだろうか…。暇に慣れてしまった私たちは、期待しすぎないように気を付けながらひっそりと試作を重ねていった。

 で、ドンドロ浜商店の特別メニューは「お野菜たっぷりサンド」というものに決定。たくさん試してどうにかそれらしく焼けるようになったパンに、自家製のトマトソースや豆のペーストを塗り、グリル野菜・千切り生野菜などをたっぷりと挟みこんだ、食いしん坊のドンドロらしさが炸裂したボリュームのあるサンドイッチである。そしてゲスト販売として、徳島の『14g』から上品で大人っぽいパンをお招きしたり、東京からは『北川ベーカリー』のしみじみとした滋味のあるパンが海を越えやってきたり、東京・深大寺のおやつ屋『dans la nature』の豊島いちごのジャムとキャラメルクリームも可憐に並んだりした。うん、かなり豪華でしたねぇ。

 終わってみれば2016年の中で一番売り上げた日は、このパン祭りの期間だったのだ! 

 日ごろ手に入るパンの選択肢の少なさに鬱憤を抱えた新米の島民や、めずらしい食べものが好きな島のマダムなど、続々と店に訪れてくれて芸術祭の会期中をはるかに上回る大賑わい。まあ、観光のお客さんは相変わらずそれほど多くはなかったけれど。

 慣れないパンの仕込みには翻弄されて眠る時間も満足にとれない日々だったのだが、楽しみにパンを待ってくれていた人たちの顔を見るたびに、とても充実した気持ちで満たされた10日間だった。

 「おにぎりより、パンなのか…?」一瞬そんなことが頭によぎった去年の今頃。

  さて、今年の6月はどんなひと月になるだろう。





小坂ひとみ
1986年生まれ。2012年に東京から瀬戸内海の豊島に移住。
現在は小豆島在住。夫と猫とともに暮らしている。

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