護摩焚き/山本貴道

僕の実家は西光寺という寺の横にあった。チリンチリンとお遍路さんの鈴の音が聴こえると家を飛び出し、近所の友だちと寺へと走った。

「おへんろさん。豆ちょーだい」

 手を出すと、白装束お遍路さんたちが「あらっ。かわいい」と袈裟袋の中に入っているチョコや飴を僕らの手の上にのせてくれた。

 小豆島の中には島四国とよばれる88ヶ所の霊場があり、かつてはそんなほのぼのとした風景が島のあちこちでみられた。今ではそんな子どもたちもいなくなってしまったようだが。

 島に点在する88ヶ所(奥の院までを合わせると94ヶ所)の寺には立派なものから、小さな無人の庵まで様々だが、山岳霊場とよばれる山寺がおもしろい。

 いずれも山深い森や岩場にあり、本堂に行くためには急な岩場を登らなければならなかったり、洞窟や岩の裂け目が本堂になっていたりする。

 山岳霊場はかつての行場。修験者たちが岩場を駆けたり、洞窟にこもって座禅をくんだりしていた修行の場であった。いまでもそこには厳かで神秘的な雰囲気が漂っていて、山門をくぐるとスーッと身が引き締まる思いがする。

 そんな山岳霊場にはたいていお不動さん(不動明王)が祀られていて、その前の護摩壇では住職さんが炎をあげて祈祷を行う護摩焚きを体験できる。

 護摩焚きというとなにやら敷居が高く、近寄りがたい印象を持つが、小豆島ではとても身近な存在である。

 家内安全、身体健康、良縁成就、交通安全etc. 願い事が書かれた護摩木に名前を記入し、住職さんに手渡すと、その場ですぐにご祈祷してもらえる。

 とても簡単。しかも小豆島の護摩祈祷はリーズナブルだ。たいていのお寺では500円前後の破格の料金で護摩を焚いてもらえる。(ただし祈祷の内容によっては料金は異なります)

 護摩壇の真ん中でチロチロと燃え始めた護摩木の火がだんだんと大きくなり、メラメラと揺らめく赤い炎となっていく。住職さんが鐘や拍子木を叩きながらお経を唱え、その炎の中に米や豆、油などの供物を投げ込む。パチパチと燃える護摩木から立ち上る香ばしい煙やお香の匂い。

 それぞれの願いや思い、お経、炎、煙、闇や光、いろんなものがお堂の中でぐるぐると渦を巻き、とけ合い、風に乗って山から里へ飛んでいく。僕の中の島の護摩焚きはそんなイメージ。仏と人と自然との一体感を感じることができる。

 島の護摩焚きの中でも、僕のオススメは42番札所西の滝龍水寺の早朝護摩。

 毎月お不動さんの縁日である28日の午前6時から約1時間ものあいだ護摩を焚き続け、その間ひたすら不動明王のご真言を唱え続ける。

「なうまくさまんだ ばざら だん せんだん まかろしやだ そわたや うんたらた かんまん」

 1時間の間にいったい何回のご真言を唱えるのだろう。途中意識が朦朧としてきて自分が何を言っているのか分からなくなる。

 冬の時期などはまだ夜も明けていない真っ暗な中、護摩焚きは始まる。護摩堂の中もキンキンに冷えていて、炎があがった瞬間、火のありがたさを実感できる。

 そんな厳しい早朝護摩だが、お勤めが終わって護摩堂から出たときに見る朝日に輝く瀬戸の風景はとても神々しく、まるで新しい世界に生まれ出た気持ちになる。

 が、なにより嬉しいのはその後のお接待でいただくコーヒーと供物のおさがりの菓子パンとバナナ!張りつめていた気がほどけホッとする瞬間。気が付けばコーヒーをお代わりし、手が2つ目のパンに・・・。

 いやはや、護摩焚きぐらいでは僕の煩悩は消え去ることはないようだ。

 島に来たら海もいいけど山岳霊場の護摩焚きもぜひ!





山本貴道
1972年小豆島生まれ。
カフェタコのまくらを運営。
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