あの橋の向こうへ その2/山本貴道

 サクッ、サクッと砂浜を歩く気配で目が覚める。といっても、テントの外はまだ薄ら明るい程度。シュラフを頭からかぶりもう一度眠りにつこうとすると「やまちゃん。すごいよ!」外からふくちゃんの声がした。ジッパーを開き顔を出すと「おー!」真っ赤な太陽が瀬戸大橋を昇っていた。

 6月3日。今日も目の前には穏やかな海が広がっている。カヤック日和。

 それにしても瀬戸内の太陽は大きい。ちょっとそこまで行けば手が届きそうだ。瀬戸大橋の上に顔を出した朝日の中を車が走り抜けて行く。太陽は昇るごとに輝きを増し、しばらくするといつものように白く輝き始めた。

 今日は本島をのんびり散策して、追い潮となる午後から出発しようと思っていたのだが、目の前の海を眺めていたら一刻も早くそこに浮かびたくなってきた。ふく&りつもそんな気分らしい。というわけで予定変更、朝食をすませると手早くテントを撤収し、カヤックに乗り込んだ。

 6時45分、本島を出発。鏡のように穏やかな海を3艇のカヤックが滑るように進んでいく。朝もやの中にそびえる瀬戸大橋が幻想的で美しい。が、霞みは目標物をいつもより遠くに感じさせる。ピラミッドのような形の大槌島がはるかかなたに幻のように見えた。

 しばらくすると雲を映すほど穏やかだった海面がざわつき、カヤックは遅々として進まなくなってしまった。潮が逆向きに流れているのだ。漕いでも漕いでも周りの景色はさほど変わらず、大槌島は一向に近づいてこない。

 本島から大槌島までは約15km。普通に漕げば2時間ちょっとでたどり着けるが、逆潮となると3時間くらいはかかる。そうなると困るのがトイレ。僕やふくちゃんは海の上でことを済ますことができるのだが(カヤックに座った状態でおしっこ用ボトルにする)、女の子のりっちゃんはそうもいかない。彼女の尿意はだんだんとピークに達し、大槌島を前にして動くことさえままならない状態になってしまった。

 しかたがないのでふくちゃんが彼女のカヤックを牽引し、なんとか破裂寸前に大鎚島に上陸することができた。浜ですっきりし、再び海へ。が、潮はさらに激しく流れている。逆潮をまっすぐ漕ぐのも疲れるので、流れを斜めにいなすように直島を目指すことにした。

 漕ぐこと1時間。僕らを迎えてくれたのは突堤の先端にどかんと置かれた巨大な黄色のカボチャだった。直島はアートの島。アーティストの草間彌生さんの作品であるこのカボチャは直島のシンボル的存在となっている。

 ひっきりなしに人が集まってきってはカボチャの写真を撮っている。思い出の写真に僕らが映り込むのも申し訳ないので早々に退散し、近くのビーチに上陸した。目の前には白い砂浜と青い海、手を繋いで楽しそうに歩く外国人のカップル。(直島はアートの島として世界的に有名)まるでどこか南の島を思わせるような木蔭でのんびりとした時間を過ごした。

 休憩の間に潮は転流していた。追い潮となった海をスイスイと1時間程漕ぎ、本日のキャンプ地である豊島の南側、甲の浜に到着した。

 まずは冷たいビールを買いに行こう。道行く島人にあいさつをし、商店の場所を聞き出す。あることにはあるが、その店は夕方6時20分から1時間だけ開くという(笑)。開店と同時に島のおじぃおばぁたちと店内に入り、ビールを無事購入。キャンプ3日目にキンキンに冷えたビールが飲める幸せ。ありがとう岡崎商店。

 6月4日、旅の最終日。

 朝起きると、テントの前に新聞が置かれていた!豊島ではキャンプをする人に新聞配達のサービスがあるのだ。なんてことはなく、早起きしたふくちゃんが新聞配達のおじさんにもらった物だった。

 本日は旅のゴールであるうちの前の浜を目指す。追い潮が終わる昼前までに小豆島の西端にたどり着いておこうと8時出発のはずだったのだが、散歩に出かけたふく&りつがいつまでたっても帰ってこない。新聞を広げてしばらく時間をつぶす。イライラし始めたころ、ようやく2人が戻ってきた。

 話を聞くと、廃屋の2階から垂れ下がっていた魚網に子猫が引っかかっていて、その下で親猫が心配そうに鳴いているのを見るに見かねて救出していたのだそうだ。

 あー、そう。それは大変だったね。なんだかイライラしてしまった自分が恥ずかしい。そんなこんなで出発は10時を過ぎてしまった。追い潮はすでに逆潮に変わり始めていたが、ゆっくり進めばいいか。

 豊島の礼田崎を回り込むと、小豊島、アワラ島、その向こうに小豆島が見えた。海は今日も穏やか。のんびりと2時間ほど漕いで、小豆島の西端、戸形崎に到着した。暑かったのでひと泳ぎ。服を脱ぐと手の甲だけが異様に黒く日焼けしていた。よく見ると互いの顔もまっ黒、サングラスのあとが逆パンダ模様にくっきりと刻まれている。初夏の太陽は強烈だ。

 泳いで気分もリフレッシュしたあとは一気にうちの前の浜を目指した。ここまで来たら、もう我が家の庭先のようなもの。なんなく夕方前にはゴールできた。

 片づけが一段落したころ空が美しい茜色に染まり始めた。防波堤に座り、旅の無事を海の神様に感謝して3人で乾杯する。瀬戸大橋は夕焼け雲にかすんで見えなかったが、僕たちはその向こうにちゃんとあることを知っている。今日のビールもまたうまかった。





山本貴道
1972年小豆島生まれ。
カフェタコのまくらを運営。
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