ナバナという道しるべ/三村拓洋

2月に入ってしばらくすると、近所のオバちゃん達はめいめいに畑の大根の葉っぱを付け根ごと包丁で切り落とす。畑に残された葉もなき大根たちの整列はなんだか子供のいたずらに見えなくもない。

それから何日か後、うちの畑に残った白菜の真ん中から花の蕾(つぼみ)がニョキッと伸びてくる。いわゆるナバナだ。

続いて隣の畝で育てた水菜、小松菜、からし菜、ルッコラ、かぶ達の茎もグングン背を伸ばし蕾をつける。これらもナバナである。

お気づきだろうか?野菜としてのナバナはアブラナ科の野菜の蕾(つぼみ)もしくは花の総称であり、多種多様なナバナがある。味もそれぞれの野菜の風味があるので小松菜のナバナは小松菜の味がするし、からし菜のナバナはピリッとした辛味が強い。

実はナバナは僕にとって少し特別な野菜なのだ。とりわけ白菜のナバナは。

2012年の秋に小豆島に引っ越してきて、初めてのお正月を迎えた後だったか、隣のオバちゃんの畑に、結球する気配もない白菜が6,7株植わっていた。1月に結球しない白菜はもうモノにならない。なんでずっと畑においてるんだろうと何となく気になって眺めていると、ちょうど畑の向かいのおそうめん工場から隣のオバちゃんが休憩に戻ってきた。お隣さんは夫婦でおそうめんを作っている。

「オバちゃん、この白菜、まだ育つん?」

「いーやぁ、置いといたら春んなったらナバナが採れるやろ。オバちゃん、白菜のナバナが一番好きやねん。」

白菜のナバナ?ナバナってナバナという名前の野菜じゃないん?まだ就農前の僕の知識はそんなもんだった。そんなやりとりも忘れた2月のとある日、件のオバちゃんがおそうめんとモサモサした葉物野菜を持ってきてくれた。白菜のナバナだった。

さっそく晩ごはんで鍋に入れて食べてみると、ナバナのほろ苦さも美味しいかったのだが、何より甘い!白菜の葉っぱと同じ甘味なんだけど、苦味が加わったことで味が濃い!筋のない、それでいて適度な歯ごたえのある茎の食感は初めての味わいだった。こんなに美味しいナバナはしかし、スーパーで販売されていることは稀だ。何故だろう?一年後にその答えは見つかった。

ナバナの余韻も薄れた4月から僕ら夫婦は就農して農業を始めた。見よう見まねの畑作業に追われ、気がつけばもうお盆も過ぎた頃、研修先の農園から白菜の苗を分けてもらい自分の畑に植えた。白菜に適した土壌、肥料、防虫の知識が未熟だった当時、僕たちが植えた白菜は虫たちの格好の餌食となり、あるいは病気で倒れ、あるいは水不足や肥料不足でそのほとんどが見るも無残な状態だった。立派な白菜として出荷できたのは定植した苗の1割ぐらいだっただろうか。こうして白菜を植えた畝に用がなくなった僕はその年の年末からほとんど白菜たちを見ることはなかった。

年が明けて2月に入った頃、そろそろ春に植える野菜のために畝の準備をしなきゃと思った僕は、白菜の畝を片付けることにして久しぶりに白菜を観察した。すると成長が遅くて商品として出荷できなかった白菜が茎を伸ばし始めていた。おお!白菜のナバナだ!

一年前に隣のオバちゃんからいただいたナバナよりも細くて小さなナバナだったが、立派にナバナとして出荷できるものもあった。その年は怪我の功名的に白菜のナバナを収穫できただけだったが、それ以降、白菜の栽培はナバナの収穫も考慮して計画するようになった。

片や白菜農家は白菜は白菜として出荷するために栽培しているので、植えた白菜のほとんどを出荷して(それだけ栽培技術が高いことに他ならないのだが)畑には何も残らない。そして次の野菜を植える準備をするために栽培が終わった白菜の畝はトラクターでならすのだ。1割か2割程度のモノにならない白菜からナバナを収穫するためだけに次の野菜の準備が出来ないのは農家にとって死活問題へとつながるのだ。だって次の野菜を植えるのが遅くなるか、植えるタイミングを失って植えることが出来なければ、その頃の収入はなくなるのだから。

あるいは別の畑で次に植える野菜のための準備が整っていて、白菜のナバナが収穫できたとしても出荷先はせいぜい産直ぐらいだ。少量の野菜ではなかなか流通に流せないからだ。

うして、都会のスーパーで白菜のナバナを見かけることは稀になっているのだ。

かたや近所のオバちゃんたちは好きな野菜を好きなように育て、食べる。

ココに「農」と「農業」の大きな違いがあるのだと思う。

僕たちは小規模でまだまだ野菜も上手に作ることが出来ない。だけど僕の近所のオバちゃんたちが続けている「農」的な「農業」が出来たら、そんな野菜を好んでくれる人たちもいるんじゃないか。そんな農業に対する思いが僕らにはあるのだ。

白菜のナバナを食べた時の、野菜に対する考え方が変わった感覚をこれからも大事にしたいと考えている。

そんなわけで農業を始めてからというもの、僕はこの白菜のナバナを見つけたときに一番、春の訪れを感じるようになったのだ。

そうそう、冒頭で書いた大根の葉切りもナバナと関係している。大根もアブラナ科だ。

春が近づき大根の葉っぱが茎を伸ばしてナバナの準備を始めると、大根自体がスカスカになってしまうのだ。2月3月のまだまだ寒い時期は野菜が少ない。貴重な大根を少しでも長く食べたいという昔からの知恵なのだ。



三村 拓洋
奈良県生まれ。大学で建築を専攻、卒業後に住宅の造園設計の仕事に携わる。様々な庭をつくるなかで、ハーブや野菜を育てることに興味を持つ。2012年に小豆島に移住、無農薬野菜を作り始める。作る楽しみに溢れる生活を表現すべく、妻と「HOMEMAKERS(ホームメイカーズ)」を立ち上げ、目下農業研修とカフェの立ち上げに汗を流す日々。

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