左官はしゃかんでシャカンシャカン/小坂逸雄

ボクの働くNPOでは移住体験施設という小豆島への移住希望者に向けた滞在施設を運営しているのだけど、なかなかの古民家なので施設始動から現在に至るまで少しずつ改良・改善・アップデートを繰り返している。どこまでやったら完成なのかわからないけど、どこまでやっても完成しないような気も最近はしている。

先日、間仕切り壁を新設する工事をした。専門的な工事は業者にお願いをしているけど、かつて自宅の改修を自分でやったこともあって「これくらいの工事は自分で出来るでしょ」と事案を甘く見積もり過ぎる癖がつき、その油断からこれまで数多くの後悔をしてきた反省もあって、今回自信が無かった左官仕事は素直に技術者へお願いすることにした。さて、左官が出来る人は身近にいないかしらと考えるまでもなく、さすがは本業以外にも特技を持った人が多くいるこの島である。適任者はすぐに見当が付き、現役ではないものの、最近移住してきた同じ集落に住む元左官職人のMさんに作業をお願いをすることにした。現役ではないけどお願いした理由は、仕事として割り切ってお願いするよりも友だちや知り合いを通じて作業を身近に感じることが好きだからだったりする。そんな意味でもMさんは適任だった。

だいぶブランクがあると言っていたMさんだったけど、さすがは元職人である。普段からの鋭い目つきは作業がはじまると薄暗闇の中でいっそう鋭さを増す。和気藹々としているけど、視線だけで言ったら、現役のころにお会いしていたら喧嘩でもはじまりそうな緊迫したムード。この歳になってからお会いして本当によかった、、、と意味のわからない変な感謝の気持ちが湧く。目つきだけでなく手捌きも鋭かった。ドロドロした漆喰が壁に塗りつけられ、見る見るうちにピシっとした壁に仕上がる様は、Mさんにヤキを入れられた漆喰が心を入れ替えあたらしい道を歩み出したようにも見える。さすがMさんだ。見ていたボクの気も引き締まる。漆喰をコテで壁に擦りつけるという一連の作業の音も耳にあたらしくてたのしかった。ボテッ、チャッ!シュパン!ペシッ!スツァツァツァツァ…、カッカッカッカッ、ツヒ〜。土と金属、漆喰の湿度や粘度、それぞれの粒子の粗さが伝わってくるようだ。そんな音の狭間に、ときおり“シャカンシャカン”という金属音が聞こえた。聞こえたように感じた。耳を澄ますとやはりそう聞こえる。「もしかして!」と思いMさんに恐る恐る「左官って“しゃかん”って言ったりするけど、このコテ捌きの音のことを言うんですかね?」と聞くと「あ、そうかも知れませんね!」とたのしそうに同意してくれた。職人の顔をしながらも、ボクのこんな話にたのしそうに付き合ってくれるのがうれしかった。

そっかー、そうなのか。左官のしゃかんはシャカンシャカン言う音のことだったのだ!という世紀の大発見。鈴の音のように心をルンルンさせて帰宅。いやぁ今日はいい一日だったなぁとシャカンシャカンという響きに、今日まで鳴る歴史の余韻やロマンさえも感じながら満ち足りた気分に浸ってしまった。さすがMさんだ、シャカンシャカンだ。左官はしゃかんでシャカンシャカンだったのだ!

後日、インターネットで左官の由来について調べると事実は全く違うことが判明した。シャカンシャカンが由来だなんてこれっぽっちもなかった。調べなければよかったけど、知ってしまったのだから仕方がない。シャカンシャカンの物語はしゃかんのMさんと一緒に見た二人だけの一瞬のファンタジーとなった。それならそれでいいかもしれない。ボクは満足なのだ。

シャカンシャカンの続きを見るべく、Mさんには今度、自宅の壁補修の監修をしてもらうことにしました。

小坂逸雄



小坂逸雄
東京出身、小豆島在住。
2020年4月現在、高松にて養蜂の修行中。

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