プール/Nemu Kienzle

 小学4年生になる娘のりりはプール遊びが大好きです。あまりにも好きなので、チューリヒ市内のどの公共プール、湖水浴場にも入場できる年間パスを持っています。夏はほぼ毎日、屋外プールか湖、冬は室内プールに泳ぎに行きます。スイスは海がない国ですが、水がきれいなので湖と川で泳ぐ事ができます。透き通ったアルプスの雪解け水は冷たく、はじめての人は水温に慣れるまでに時間がかかります。太ももがピリピリしてくる冷たさです。

 冷たい水に慣れているスイスの子供は、水温20℃のプールでも平気で何時間も遊んでいます。唇が真っ青になって歯もガチガチしているのにまだ泳いでいるので「ちょっと休憩したら?」といっても、プールサイドにちょっと寝そべったと思ったらまたさささーっとプールに行ってしまいます。そうそう、スイスではプールサイドで走っても怒られません。そのせいか、日本のお風呂屋さんで走って転んだことがあります。「そこの子、お風呂場で走んじゃないよ!あんた、保護者なんだからちゃんとしつけた方がいいよ!」と親子揃って怒られました。

 さて、りりがプールで一番すきなのは飛込み台。各1、3、10メートルの高さに飛び込み台があって、休憩時間に飛込み台に登る階段が解放されると、一目散でパーっと走っていって並びます。3メートルの高さから数回飛び込んで慣れると、次は10メートルへ登ります。そこには、高さにおじけづいて飛込み台のヘリにしがみついている大きいお兄さんやお姉さんがたくさんいます。りりはその間をモーゼが海を割ったように堂々と歩き、躊躇もせずに足からヒュッと「気をつけ」の姿勢で一直線に飛び降ります。見ている私の足の力がフーッと抜ける瞬間です。そのあと「こ、こんなチビが飛び込めるなら俺だって!」という感じで、大きいお兄さんとお姉さんがドボンドボンと続けて飛び込んで行きます。

 日本へ里帰りに行ったっときも、近所の区民プールで飛込み台を探しましたが、どこも飛び込み禁止でした。その上、日本のプールでは必ず水泳帽を被らなければいけないのが、りりには不思議でしょうがなかったようです。

 数年前、ホテルオークラの旧建物が取り壊され、悪趣味なビルになってしまう前に泊まりに行こう!という両親の提案でホテルオークラに泊まりました。りりは、いつもスイスのプールで着ている男子用サーフパンツいっちょうで行きました。もちろん上半身は何も着ていませんが6歳の子供です。するとプールサイドで「あのー、ちょっとすみません」と、プールの係員に声をかけられました。「お嬢様にこれを、、、」といって女子用水着を渡されました。「あ、いりません」というと、「では規則なので、全員海水帽は被って下さい」と言って、黄色の小学生が被るような水泳帽を渡されました。これを見て旦那ピーターは「僕は坊主だから水泳帽いりません」と、拒否しました。すると係員が「少々お待ち下さい、、、」と言って、事務室へ消えて行きました。上司に「言うことを聞かない外人がいて困っている」と報告しに行ったのでしょう。しかし、すぐ戻ってきて「やはり規則ですので、、、」といってピーターに水泳帽を渡しました。ピーターが「それは何のための規則?衛生上の理由で髪の毛を水泳帽の中にしまっておかなければいけないんだったら、僕の体毛はどうなんだい?ウエットスーツを着ないと泳いじゃいけないのか?」と、モシャモシャの胸毛をグッと係員の前につきだしました。係員は困った顔で、あたふたと事務室へと一時退場。しばらくして戻ってくると、「衛生上の理由ではなく、安全の為の水泳帽です。おぼれたらすぐわかるように被っていただいています」と、満足そうに勝ち誇って言いました。規則に負けたピーターは、しょうがなくキツキツの黄色の水泳帽をかぶって泳ぎました。

 ホテルの屋外プールに行っても同じことでした。プールサイドにはゴールドチェーンを着けオレンジ色に日焼けしたおじさんや、シリコンを入れたバストでピチピチのビキニを着たお姉さんなど、みんな恥もせず黄色やオレンジの水泳帽をかぶってプールに入っているのです。たった一つの規則がホテルの格を下げていることにも気付かず、一生懸命規則に従いつづいけている従業員とそれを当たり前に受け入れている宿泊客。海外の5つ星ホテルではお目にかかれない異様な光景を見て、おもわず笑いがこみ上げてきました。

 そして今年、沖縄へ行きました。そこでは真っ黒に日焼けした監視員は規則を守ってない人を探すよりも、本当におぼれた人を助けてくれそうで、どのプールでも海でもやれ水泳帽をかぶれだのプールサイドを走るななど注意されることは一度もありませんでした。やっと、りりは思う存分水遊びを満喫できる場所を見つけることができました。

▲ 水遊びがなによりも好きなりり

▲ プールで逆立ち。普段は男の子用サーフパンツを着ています。

▲ スイス人作家兼建築家マックスフリッシュが設計した、近所のプールにある飛込み台。下から、1、3、10メートル。




キンツレねむ
NYで知り合ったドイツ人と結婚してスイスに越してもう10年。職業はインテリアデザイナー。7年前にタイから養子に来たりりは、いつのまにかやんちゃでかっこいい小学校2年生。

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