パンのはなし/Nemu Kienzle

 国によって色々なパンがあって、食べ方も違うんだなぁと気づいたのは留学してからでした。私は中学校まで日本の実家に住み、高校から一人でアメリカに留学しました。東京の実家に住んでいた時の朝食は、主にパンでした。トースターで焼きたてのイギリスパンにピーナッツバターをたっぷりつけて食べるのが好きでした。ときどき母が、パンに塗る用のカスタードクリームを作ってくれましたが、これをパンにのせるのがもったいなくて、お弁当で忙しい母の目を盗んではスプーンですくってそのまま食べていました。

たまにお弁当がロールパンサンドイッチだと、クラスの中でもちょっとオシャレさんになった気分でした。うちのは、ソーセージとキャベツを炒めたものが、縦に切ったロールパンにはさんであります。胡椒が効いていて大人な気分になれました。

ある時、ドイツ出張帰りの父が黒パンにハマり、毎朝の様に食べていましたが、実は「こんなまずいパン、責任とってお父さんが食べてよね」と言われてしょうがなく毎日食べていたのではないかと思います。まさかそんなことを言った自分が、将来ドイツ人と結婚し、そのまずい黒パンが大好きになるとは思ってもみませんでした。

 アメリカに留学し、寮生活が始まりました。生徒と先生は毎食一緒にビュッフェスタイルの食堂で食べます。そこにはワンダーブレッドという格安ブランドの薄っぺらい四角パンが常時してあり、なんでこんなスカスカのパンをアメリカ人は好むのかなぁ?と思っていました。そして食堂の食事に飽きると、先生方が放課後や週末に生徒たちをダイナーに連れて行ってくれました。その時、グリルドチーズというものをオーダーしてビックリ。あの不味いワンダーブレッドに薄っぺらいとろけるチーズをはさみ、油をたっぷりひいた鉄板にヘラで押し付けながら焼くだけなのに、このカリカリジューシーなおいしさ!それからは勉強の合間にお腹がすくと、食堂からとってきたワンダーブレッドに自分で買ってきたチーズをのせ、フライパンで焼いてオヤツに食べていました。

 就職を願っていた親の反対を押し切り、無理やり入ったニューヨークの大学院。生活費の足しになればと、夏休み3ヶ月間はフルタイムで働きました。ニューヨークのビジネス街には、朝だけ道端にブレックファーストベンダーという朝食専門屋台が数え切れないほど並びます。どんなにたくさんあっても、各屋台の前には長蛇の列ができるほど人気。紙コップ入りコーヒーが1ドル、ドーナツ、マフィン、ベーグルが各1.50ドル。どれも美味しそうで迷うけれど、自分の番になったら素早く注文を告げないと、あやうく後ろに並んでいる人たちから舌打ちされることもあります。そして、注文した品はブラウンバッグという茶色い紙袋に入れて渡されます。袋の中でコーヒーがこぼれたり、ドーナツの油でブラウンバックが透き通ったりすることもあり、混みこみのエレベータで押されて自分の服につかないようにかなり気をつかいました。そしてコンピュータを起動している間、ブラウンバッグを開けて中身を取り出す喜びといったら!忙しい一日が始まる前の、幸せの一時です。こぼれたコーヒーがうまい具合にしみたドーナツは、一流ホテルの朝食よりもおいしいんじゃないかと思うのです。

 そしてスイスに住んでいる今、またパンに対しての新しい発見がありました。それはスキー教室に通った時。1日コースと半日コースがあって、早く上達したいので、大人向けの1日コースを数日に渡って受講しました。お昼休みは、先生と生徒全員でゲレンデのレストランへ行きました。注文した後、バスケットに入ったパンとバターが出されました。スイス人の先生はパンにバターを塗った後、食卓塩をふりかけて食べていました。え?バターも塩味なのに、更に塩をかけて体にわるいんじゃない?と思いきや、娘のりりも、おやつにパンにバターをたっぷり塗り、その上に塩をふりかけて食べていました。もっと驚いたのは、会社の朝食会議。チューリヒでは朝食というと必ずクロワッサンがでてきます。会社の会議でも勿論クロワッサンが山積みになって出てくるのですが、チューリヒのクロワッサンは本物のフランスのクロワッサンとはちょっと違っているのです。本物は油でしっとりサクサクしているけれど、こちらはカリカリパサパサしている。みんなこのカリカリクロワッサンにたっぷりバター、そしてジャムを塗って食べています。クロワッサンってバターがたくさん入っているのに、更にバターを塗っているのを見ているだけでお腹いっぱい。それから、自分のお誕生日に同僚分のクロワッサンを買って出勤するのも、スイスで初めて体験しました。このクロワッサンは出勤してからすぐには食べず、10時のコーヒータイムに同僚とおしゃべりしながら食べます。朝、通勤中にパン屋さんの大きい袋を抱えているビジネスマンを見ると、(あの人、今日がお誕生日なんだ!)と分かりやすくておもしろいです。

 さて、パンの話をはじめたらきりがありません。バンコクでベーグルとクロワッサンを作ろうとした話、ニューヨークで恋に落ちた台湾ベーカリー、ドイツで暮らしていた時のパンの話もいつかしたいと思います。

▲ ワンダーブレッド

(画像:http://www.cbsnews.com)

▲ グリルドチーズ

(画像:http://www.phoenixnewtimes.com)

▲ ニューヨークのブレックファストベンダー

(画像:http://spoilednyc.com/)




キンツレねむ
NYで知り合ったドイツ人と結婚してスイスに越してもう10年。職業はインテリアデザイナー。7年前にタイから養子に来たりりは、いつのまにかやんちゃでかっこいい小学校2年生。

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