あの橋の向こうへ/山本貴道

 太陽の熱を帯び、いまだ温かい防波堤の上に座り、冷えたビールをグラスに注ぐ。目の前にはピンクに染まる夕凪の海が広がり、空は徐々にオレンジから藍色へと変わり始めている。昼と夜の境界線がとけあい、ゆるやかな島の時間がさらにゆっくりと流れていく。男木島の灯台が点滅をはじめ、遠くに瀬戸大橋の灯りがポツンと見えた。そうだ、あの橋の向こうまでカヤックで漕いで行ってみよう。夕焼けを眺めながらそんなことを思った。もう6年も前のこと。というわけで以下は2010年のカヤック旅の記録です。

 6月1日。天候晴れ、海は凪。絶好のカヤック日和。

 前夜の打ち合わせでは朝8時に出発のはずだったが、旅の仲間である「ふく&りつ」カップルは一向に現れる気配がない。彼らののんびりとした時間感覚にもだいぶ慣れてきた僕はいつものことだと気を落ち着かせて待つことにした。

 30分後ようやく2人が現れた。

「おはよう。ちょっと遅かったけど問題なし。さぁ行くか!」

「やまちゃん。今から、おやつのクッキー焼いていい?」

「……い、いいよ」

おいしいそうなクッキーが焼きあがり、3つのカヤックが海に浮かんだのは、それから1時間半後のことだった。

 今回、僕らは小豆島を出発し、備讃瀬戸の島々を転々とつたいながら2日かけて瀬戸大橋を目指す。初日の目的地は豊島(てしま)、距離にして約20km。カヤックの速度は初心者で時速4kmほど、歩くより少し速いくらいだ。経験者だと時速5~6kmで進むことができる。出発が遅れたとはいえこの時期は一年で最も日が長い。日が沈む前には到着できるだろう。

 まずは小豆島の隣の小豊島(おでしま)を目指す。この海峡は小豆島と高松を結ぶ定期船の航路となっている。カヤックは海の上では小さく見えにくい存在だ。行きかう船と衝突しないように3艇まとまってタイミングを計りながら海峡を横断する。

 12:30小豊島南の小さな浜に上陸。りっちゃんが手早くハリイカ(甲イカ)とトマトのパスタを作ってくれた。うまい!思わずカヤックに積み込んだビールを飲みたくなるが、飲み始めると今日はここで停滞間違いなし。1時間の休憩後、豊島に向けて漕ぎ出す。

 小豊島と豊島の海峡は約1km、あっという間に豊島へと横断できる。豊島の北側の海岸に沿って進んでいると海から美しい棚田が見えた。豊島は古くから稲作が盛んで米が豊富に採れるところからその名が付いたといわれるほど豊かな島なのだ。16:00家浦の浜に到着。今日はここでキャンプとする。

 晩飯の支度に取り掛かろうとしたところで大変なことに気が付く。豚汁を作ろうと思っていたのに肉と味噌を忘れてきてしまった。それよりも、この旅のために買った焼酎までも!そのとき僕は閃いた。豊島には同級生が住んでいるのだった。彼に電話をし、まずは焼酎をリクエスト、ついでに味噌も。(肉まではさすがにお願いできなかった)優しい彼は自転車に乗ってすぐに注文の品を持ってきてくれた。「こんちゃん。ありがとう!」そしてそのまま浜辺で同窓会の宴が開かれることとなったのは言うまでもない。こうして旅の初日はハッピーエンドで暮れていった。

 6月2日。朝凪の海に美しい朝日が昇り旅の2日目が始まった。

 本日はいよいよ瀬戸大橋をくぐり、その先にある本島を目指す。行程距離は約35km。昨日よりも距離は長い。が、今日は潮がいいのだ。

 瀬戸内海は潮の干満によって生じる潮流がその他の海域に比べると大きい。(干満は6時間ごとに繰り返され、毎日約50分ずれていく)海というより、ゆるやかに流れる川のようなもの。小豆島が位置する瀬戸内海東部の場合、干潮に向かうときは東へ、満潮に向かうときは西へ流れる。そして今日は干潮が8:56、満潮が13:53、朝から昼過ぎまでは僕らの進む西方向への追い潮となっている。

 8時に出発すると、すでにいい具合に潮が流れており、僕らはあっという間に豊島の隣の直島へたどり着くことができた。直島を回り込むと海の上にピラミッドのようにそびえ立つ島が見えた。うちからも遠くに小さく見えている大鎚島(おおづちじま)だ。きれいな三角形をしたこの島はどこからでもよく目立つ。かつての船乗りたちはこの島を瀬戸内海航海の目印の1つにしたことだろう。

 潮にも押され昼前に大鎚島に上陸することができた。白く美しい砂浜に座り、ほんの少し休憩し、追い潮が終わらないうちにと再び漕ぎ出す。

 大鎚島から瀬戸大橋までの間は瀬戸内海にしては広い海域となっている。この間、上陸する島はなく、ただひたすら遠くに見えている瀬戸大橋に向かって漕ぐのみである。途中からカヤックのスピードが落ち始めた。漕いでも漕いでも周りの景色に変化がなく、目の前の瀬戸大橋がなかなか近づいてこない。どうやら、追い潮サービスタイムは終了し、潮が徐々に反対方向へ流れ始めているようだった。大鎚島を出発して漕ぐこと2時間、ようやく瀬戸大橋のたもとの小さな島に上陸することができた。

「はぁ。疲れた~。やまちゃん、瀬戸大橋まで来たし、もうここでよくない?」「いや、せっかくやから、本島まで行こうや」しばしの休憩後、いよいよ瀬戸大橋をくぐることにする。潮の流れはどんどん速くなってきており、橋脚の周りでは渦を巻いて流れているのが見える。そんな激しい逆流の中、僕らは一漕ぎ一漕ぎ力を込めて遡っていった。

 それにしても瀬戸大橋はでかい!はるか頭上をマリンライナー(電車)がゴーッと爆音をたてて走り抜けていく。その巨大さに圧倒され、思わず見とれていたら、橋がゆっくりと動き始めた。いや違う、僕らが後ろに流され始めているのだ。あわてて前を向いて漕ぐ。

 瀬戸大橋無事通過!そのまま一気にゴール!と行きたいところだったが、僕らの目の前を巨大なタンカーがゆっくり(といってもカヤックよりはかなり速い)と横切っていく。これまたでかい!まるで横倒しになった高層ビルのようだ。タンカー通過後の大きな引き波を越え、さらに漕ぐこと30分、往路のゴールである本島に到着した。

 振り返ると目の前には瀬戸大橋がどーんと存在し、そのはるか遠くに小豆島らしき島影がうっすらと見えた。ここまで漕いでやって来た。今日の僕はいつも自分が眺めている美しい風景の一部となっている。

 さて明日は旅の折り返し、小豆島に向けての復路に就くのだが、そうなると早朝、もしくは昼過ぎからの潮がよい。まぁ急ぐ旅でもないし、朝はゆっくり本島を探索して、昼になったら出発すればいいか。

 明日は明日の潮に乗れ。カヤック乗りは自由なのだ。(この号つづく)

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予約や質問などは 自然舎(じねんしゃ) 山本まで Email:info@jinensha.com 電話  0879-75-2771




山本貴道

1972年小豆島生まれ。

カフェタコのまくらを運営

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