小豆島「本」通信 2 「めぐる季節」/ 田山直樹


小豆島に暮らし始めてそろそろ1年。

今年の冬は例年になく暖かかったけど、それでも春がやってくると気分がムズムズしてくる。

小豆島で暮らしていると、季節の移り変わりが目に見えて分かるのが嬉しい。

もはや仕事終わりの日課である、夕暮れ時の海岸散歩などをしていると、日に日に日没の時間が長くなるのを感じるし、夕日の落ちる位置も少しずつ北に移っていく。

1月は男木島と豊島の間の海上に沈んでいた夕日も、この頃では豊島の山に沈むようになる(そして、季節によって夕日の落ちる位置がこんなに変わることを小豆島に来て初めて知った)。

朝の冷え込みが和らぎ、日中の太陽の暖かさをかんじるようになる。

冬の間眠っていた植物たちも次第に芽吹きはじめ、その足元で動く小さな虫たち。

(そしてはじまる雑草との闘い…!!)

ミモザが咲き乱れ、島内の至る所にある桜が満開になる頃には春も本番だ。

たどたどしく調子っぱずれの音程で歌っていたウグイスも、いつしか美しい歌声を聞かせてくれる。

そして、たくさんの鳥たちが奏でる声に包まれる小豆島。

夜の散歩に出かければ、ウロウロしているタヌキに出くわしたり、裏の竹林ではタケノコを求めるイノシシの足音が聞こえてきたり。

静かで、全てのものが眠りにつく冬から一転、たくさんの生命の活気にあふれた春。

今回は、そんな春の喜びを味わえる本を紹介したい。

『たのしい川べ』(ケネス・グレーアム作、石井桃子訳。岩波書店)

イギリスの作家、ケネス・グレーアムによるこの児童文学を、僕は小学校の頃に初めて読んだ。

モグラや川ネズミ、アナグマやヒキガエルなどの森の動物たちの穏やかな暮らしと、巡る季節の彩り、そして自惚れ屋のヒキガエルが巻き起こす珍騒動の数々。

当時の読んだ感想をはっきりとは覚えていないけど、ネズミとモグラがボートでゆっくり川下りとピクニックを楽しんでいるシーンを読んで、そうした行為にあこがれたのはぼんやりと記憶に残っている。

SUPやカヤックなど、マリンスポーツが好きな今の自分を形作ったのは、もしかしてこの本なのかもしれない。

さて、そんな幼いころの自分に水辺への憧憬を植え付けたこの本だが、その後も折に触れて読み直していた。

大学進学を機に実家を離れた際に、実家に置いたままにしていたのだが、ある日、無性に読みたくなり、実家に帰ったタイミングで持ち帰り、自分の家の本棚に迎え入れた。

というわけで、出会ってかれこれ20年の付き合いである。

本を読むのは大好きだが、ここまで気に入る本(しかも児童書)は、自分の中では珍しい。

何がそこまで好きなのか。

うっかりさんなモグラ、冷静ながらも行動力のあるネズミ、愛すべき登場人物の愛らしさはもちろん、挿絵もとても可愛いし、ページを開くたびに昔の読んでいた時の記憶が戻ってくるので、読むとどこかほっとする本である。

言うなれば、心のお守りのような存在だろうか。

そして、それ以上に好きなのは、本書で描かれる巡り移る季節の美しさだろう。

春夏秋冬、それぞれの季節の手触りや空気を、ケネス・グレーアムは見事に文章で表現している。

特に好きなのが、春の描写だ。

物語の始まりで、家の大掃除をしているモグラは、春の陽気に誘われて家を飛び出すのだが、春特有のそのそわそわする感じ、すごくよく分かる。

『春は、地上の空気中にも、またモグラのまわりの土のなかにも動き出していました。

(中略)とすれば、モグラが、きゅうに、はけを床の上に投げすてて、「え、めんどくさい!」とか、「なんだ、こんなもの!」とか、「春の大そうじなんてやめっちまえ!」などといいながら、上着をひっかけもしないで、家からとびだしてしまったとしても、ふしぎはありません。』(P7・6行目~P8・2行目)

そして、家を飛び出したモグラは、地上に訪れていた春の陽気を存分に味わいながら辺りをうろつく。

『なにもかもすばらしくて、モグラにはほんとのことと思えません。生垣にそったり、雑木林をぬけたりして、広い草原をあちこちといそがしげにぶらついていきますと、いたるところ、鳥は巣をつくり、花はつぼみをつけ、木の葉は芽をふいています。見るものすべてが、幸福そうに動いていて、しごとに余念もありません。』(P10・7行目~P10・10行目)

家を飛び出したモグラは、地上に訪れていた春の陽気を存分に味わいながら辺りをうろつくなかで、この後、生まれて初めて川を見たモグラは、そこで出会った川ネズミと友達になり、そこからヒキガエルやアナグマなど、様々な生き物と出会い、移り変わる季節それぞれに、忘れられないたくさんの思い出を作ることになる。

本書を読んでいると、冬という長い眠りの季節を過ぎ、浮足立つような、何か素敵なことが始まりそうな”春”という季節を脳裏にありありと思い描くことができるのである。

コロナウイルスの感染拡大に伴って、全国で外出自粛の要請が出ている中、外でじっくり自然を味わうことは難しいかもしれない。

そうした状況だからこそ、本書のような本を読んで、自宅でも春を味わってほしい。

もちろん、遠く離れた自然の中でなくても、身近な場所から季節の移り変わりを感じることができる。

買い物帰りの道端に咲く花、風の薫り。ベランダから見る夕暮れの空や、洗濯物を外に干すときに感じる太陽の暖かさ。

小さな所にも、春は訪れている。

五感を研ぎ澄ませて、身近な場所の季節の移ろいを探ってみるのも、また面白いかもしれない。



田山直樹
1990年鳥取生まれ、西日本育ち。丸善ジュンク堂書店で7年間勤務の後、2019年5月小豆島へ移住。本がないと生きていけない。現在地域おこし協力隊として働きつつ、書店開業の準備中。

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