ピアノのお稽古/Nemu Kienzle
いまはスイスに住んでいますが、わたしは高校からアメリカに留学するまで東京に住んでいました。その頃、わたしがピアノを習いたいならおじいちゃんがピアノを買ってくれるという話はあったそうですが、アパートに置く場所がなく、ピアノは習いませんでした。その後、音楽の授業で音符を習い始めて、なかなか音符が読めず、いつもカンニングをしていました。長くひかれた線にそってオタマジャクシが並んでいる楽譜。このオタマジャクシを見て演奏できる人はすごいなー、と楽譜が読めないまま大人になって思うのです。
すごいな、ってのほほんとしている自分が少数派だと知ったのは、みんな子供の頃にお稽古でピアノやバイオリンを習っていたと聞いた時です。東京は狭いアパートでも、ピアノぐらい入れようと思えば入るんですね。しかもドイツ人の旦那ですら、子供の頃、ギターのレッスンに通っていたと聞いてビックリ。しかし旦那の場合、あまりいい経験ではなかったのでしょう。大人になった今でも、当時のギターの先生を街で見かけると条件反射に隠れています。
ある日、りりのお友達からピアノのコンサートに招待されました。その子にとっては初めてのコンサート。出番まで椅子でモジモジしているところから、こっちまで緊張感が伝わってドキドキしました。でもその子はピアノの前に座った途端、短いけれど素敵な一曲を上手に弾きました。その演奏に感化されたりりは、うちに帰って来て早速、「わたしもピアノを習いたい!」と言いました。まぁ、ピアノ熱はその場だけだろうと思っていたら、その後もしつこく言ってくるのです。「うち、ピアノないじゃん?ピアノは教室で習ったあと、うちで練習しなきゃいけないんだよ。コンサートではみんな簡単そうに演奏しているけど、上手になるには毎日練習しないといけないんだよ。それ、りりにできるの?」と言いましたが、それでもりりは口をへの字にキュッと結んで「できる!」と譲りません。かといってこっちも「それならピアノを買って、レッスン申し込んであげる」と、軽く言うわけにもいきません。
まず、ピアノ。20万払って新しいピアノを買っても、一回レッスンを受けただけで「やっぱり難しいからやーめた!」なんて言われたら、たまりません。ふと、ピーターのお父さんが研究半分、趣味半分で電子ピアノとコンピュータをつなげて新しい電子音符を発明しようとしていることを思い出しました。ピーターのお父さんの書斎は、何台もある電子ピアノと色々な機械をつなぐケーブルがそこいらじゅうに張り巡らされていて、入り口から窓までたどり着くのは不可能。そして探してみると、使っていない4台目があったので、りりのピアノ熱が冷めるまで借してもらえることになりました。ふ~!
お次はピアノのレッスン。チューリヒ市教育庁が援助している音楽のレッスンは普通のレッスン代の半額以下ということを、りりのお友達のお母さんが教えてくれました。でもピアノは楽器の中でも一番人気がある為、空きがでるまで半年ほど待たなくてはなりませんでした。やっと申し込みが許可されたレッスンは週に一回20分。りりを教えてくれることになったのは、24歳の美人先生で、ジョージア出身のプロのピアノ演奏家です。ジョージアは旧ソビエト連邦支配下にあった国だからか、先生から指定されたピアノ教本はロシア出版でした。旧社会主義国出身で自分にも他人にも厳しいスパルタ先生と自由主義で束縛が大嫌いなりり。この二人はどのくらい続くかなと思いきや、まだ一度もピアノをやめたいと言わないので、正直言って驚いています。
そして半年後。初めてのコンサートの招待状を貰い、「ここまでやったか、すごいぞ先生!」と感動しました。コンサート当日、会場には先生の教え子たちが10人ほど、ドレスやネクタイで正装して家族と一緒に来ていました。りりはといえば、ジーンズにパーカの普段着でかなり浮いています。コンサートが始まると、チラチラと客席を振り返るりり。後で聞くと、心臓のドキドキする音が私たちにも聞こえているのかなと思って振り返っていたそう。そんなに緊張してたんだ。簡単な一曲だったので、りりの出番はあっという間に終わりました。そのあと、電子ピアノを借りているお礼として、ピーターのお父さんのお誕生日パーティーでもピアノを演奏しました。(もちろん再びジーンズ姿で。)その時は演奏をしているりりよりも、聴いているピーターのお父さんが眼鏡をはずしてハンカチで目頭を拭っている姿が印象的でした。
つけたし:りりの好きなピアノはチリー・ゴンザレスの『ソロピアノ』。もともとヒップホップのMCで有名だったゴンザレスの演奏は、トーンをわざと外したり、ひねりがあるけれど心に残るすてきなアルバム。そしてロバータ・フラックの弾き語りアルバム『やさしく歌って』。雨が降っている週末、家族が居間でめいめい好きなことをしているときによく聴くアルバム。このアルバムのおかげで、りりはレコードの裏返し方を覚えました。
1.りりとピアノの先生
2.チリー・ゴンザレス『ソロピアノ』
3.ロバータ・フラック『やさしく歌って』
キンツレねむ
NYで知り合ったドイツ人と結婚してスイスに越してもう10年。職業はインテリアデザイナー。7年前にタイから養子に来たりりは、いつのまにかやんちゃでかっこいい小学校2年生。
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